研究内容

キーワード: 多能性幹細胞、発生工学、始原生殖細胞、キメラ

多能性幹細胞から in vitro における生殖細胞作製

試験管内で精子・卵子といった生殖細胞を作り出すことができれば、産業動物の効率的な繁殖、絶滅危惧種の保護、生殖医学研究および高度生殖医療など様々な分野への応用に繋がります。現在までにヒトを含む多くの動物種で多能性幹細胞から生殖細胞を作り出せることが報告されていますが、精子・卵子を作り出せる、あるいはそれらから個体を作出する機能が証明されているのはマウスのみとなっていました。またマウスとヒトでは生殖細胞の発生に違いがあることも明らかになっています (Kobayashi et al., 2017)。そこで当研究室ではマウス以外のいくつかのモデル動物に焦点を当て、それらの動物で生殖細胞発生がどのように進むかを明らかにするとともに、その発生を試験管内で再現することで多能性幹細胞から個体発生に貢献できる機能的な生殖細胞を作る研究を進めています。最近ではマウスと並ぶ実験動物であるラットを用いて、試験管内で多能性幹細胞から精子・卵子の元となる始原生殖細胞に似た細胞 (PGC 様細胞)を作り出し、マウス以外では初めてその機能性を示すことに成功しました (Oikawa et al., 2022, Iwatsuki et al., 2023, 図1-3)。現在はこれら生殖細胞の分化誘導系を用いた分化メカニズムの解明、あるいは他の動物への応用を進めています (Kobayashi et al., 2021a)。

図1. ラット多能性幹細胞 (ES 細胞もしくはエピブラスト幹細胞)から PGC 様細胞の分化誘導。
図2. ラット ES 細胞から分化誘導した PGC 様細胞 (赤)。
図3. ラットES細胞由来のPGC様細胞を移植して11週目の精巣。緑に光る部分に PGC 様細胞由来の精子形成が認められる。

参考文献

Kobayashi T et al., Principles of early human development and germ cell program from conserved model systems. Nature. 2017 Jun 15;546(7658):416-420. doi: 10.1038/nature22812.

Oikawa M et al., Functional primordial germ cell-like cells from pluripotent stem cells in rats. Science. 2022 Apr 8;376(6589):176-179. doi: 10.1126/science.abl4412.

Iwatsuki K et al., Rat post-implantation epiblast-derived pluripotent stem cells produce functional germ cells. Cell Rep Methods. 2023 Jul 27;3(8):100542. doi: 10.1016/j.crmeth.2023.100542.

Kobayashi T et al., Tracing the emergence of primordial germ cells from bilaminar disc rabbit embryos and pluripotent stem cells. Cell Rep. 2021a Oct 12;37(2):109812. doi: 10.1016/j.celrep.2021.109812.

多能性幹細胞から in vivo の発生環境を利用した臓器再生

多能性幹細胞から生殖細胞のように1つでも機能する細胞を作るのに対し、移植医療に利用できるような複雑な組織や臓器を試験管内で作り出すのは、構成細胞の多様性や3次元的な構造、さらにはその大きさを再現する必要があり、より一層困難であるとされています。一方で、多能性幹細胞は着床前初期胚である胚盤胞に移植されると発生に沿って全身の細胞に分化できるキメラ形成能を持っています (図5)。そこでこのキメラ形成能を利用し、遺伝的に臓器の作れない動物の胚盤胞に多能性幹細胞を移植することで、臓器の空きを多能性幹細胞由来の細胞が埋めるようにして成長し、動物の体内でほぼ完全に多能性幹細胞由来の臓器を再生する方法が開発されました (図4)。この「胚盤胞補完法」と名付けられた方法により実際にマウスの体内で異種であるラットの iPS 細胞由来の膵臓を作り出すことで、その実現性が示されました (Kobayashi et al., 2010)。これまでに膵臓の他にも腎臓、胸腺、生殖細胞 (図6) など、様々な臓器・組織が再生できることがマウスとラットを使って示されています (Kobayashi et al., 2021b, 他)。当研究室では、この再生技術に役立てる新たな多能性幹細胞の培養系や、新しい発生工学技術の開発を行っています。

図4. 胚盤胞補完法の概略図。
図5. マウス ES 細胞 (赤) をラット胚盤胞に移植して得られたキメラ胎児 (右)。マウス ES 細胞は異種であるラットの発生環境においても正常に分化できる。
図6. マウス iPS 細胞 (緑) を生殖細胞欠損ラットの胚盤胞に移植することで得られたキメラ個体の精巣切片像。マウス iPS 細胞由来の精子形成が見られる (赤: DDX4、水色: SOX9)。

参考文献

Kobayashi T et al., Generation of rat pancreas in mouse by interspecific blastocyst injection of pluripotent stem cells. Cell. 2010 Sep 3;142(5):787-99. doi: 10.1016/j.cell.2010.07.039.

Kobayashi T et al., Blastocyst complementation using Prdm14-deficient rats enables efficient germline transmission and generation of functional mouse spermatids in rats. Nat Commun. 2021b Feb 26;12(1):1328. doi: 10.1038/s41467-021-21557-x.

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